ホーム NEWS 🐚能登かき祭2020🐚

2020.03.09ブログ

🐚能登かき祭2020🐚

 

当館「通常開館中」・輪島朝市「開市」

 

つい三日ほど前までは季節が逆戻りし、肌を刺す凍気に雪を心配するほどでしたが

しかし、今日の昼はポカポカ陽気🌤朝市も元気に開市!是非、お立ち寄り下さい。

 

例年楽しみにしている「能登かき祭2020」は、新型コロナウイルスの影響で中止となってしまいましたが
協賛飲食店では開催期間中(2020.3.31迄)従来通り「能登かき」を提供しているとの事。

 

 

 

協賛店には「能登かき」を求める人。

「能登かき」は新鮮で臭みがなく老若男女を問わず、全員美味しいとご堪能。
 値段も予想よりリーズナブルで大人気の理由は納得です。能登かきを満喫したあとは
なるべく混む場所を避けて能登島にある「須曽蝦夷穴古墳」へ

 

 

須曽蝦夷穴古墳(すそえぞあなこふん)は、古墳時代・終末期に築かれた有力者の墳墓。

この古墳の歴史は奈良時代の史書「日本書紀」に記されています。
須曽蝦夷穴古墳の「石室」は、7世紀中頃の対外交流史を考える上で極めて重要で
石室内部からは銀象嵌装飾の刀装具や、朝鮮半島でよく出土する特殊な鉄斧(ほぞ穴鉄斧)が
発見されており高句麗や新羅と通じる特色を備えています。

 

 

 

(石室内は自由に散策可能)

 

古墳の正面には波静かな七尾湾が見え、その向こうには石動山系の山々が臨まれます。

 

蝦夷穴古墳が造られた頃、当時の七尾付近には鹿島津(かしまづ)と呼ばれる港が営まれ
北方へ向かう海上の拠点でありました。東北支配をねらう大和政権の意図により、時として湾岸の人々は
水軍に加えられ、北海道(蝦夷)や東北の海へ向かった者もいました。
こうした能登の海人たちを統括していた人物が須曽蝦夷穴古墳に葬られたのではないかと考えられています。

 

毎月「5」のつく日は割引デー

 

 

今月から入館料お支払い時にAirPAYを導入致しました。お気軽にご利用下さい。